コラム>障がいを乗り越えて挑んだ杖道一級審査


更新:2019年12月

障がいを乗り越えて挑んだ杖道一級審査

  夢想館  荒木毅

 雑誌 剣道時代 2020年 1 月号(剣道談義より)

 

 東京府中市にある杖道道場「夢想館」の門を叩いてから、早3年の月日が流れている。私は、中学時代から両眼の視力が急激に衰え、卒業後は盲学校に進んだ。そこでマッサージ師の資格を得た後、病院に勤務する傍ら、理学療法士の道を目指し、74歳の今日までその仕事を続けている。現在、視覚障害第1種3級の障害手帳を所持している。

 

 杖道に出会うまでの70歳過ぎの私は、仕事のリタイアを前にし、逝くときまでは自分の足で歩きたいという思いを強く感じていた。強度の近視の上に運動神経も鈍い私にできるものがあるだろうかと思い悩んでいた頃、市民向けの沢山のチラシの中に「杖道」を見つけた。

 

 杖(つえ)は、理学療法士である私の専門であった。T字杖から松葉杖、ロフストランド杖を始め、障がい者に最適な杖(つえ)を処方し、使用方法を指導するのも仕事の一つであった。そのため”杖”道には強く興味が湧いた。

 

 杖道を知らない私は、ステッキのようなものを用いて手軽にどこでもできる簡単な体操程度と思っていた。ところが、杖道の稽古を見学した瞬間、想像していたものとの違いに驚いた。素面、素小手、寸止めの稽古を見て息を飲んだ。特に横尾師範の太刀と杖の裁きは華麗で力強く、感銘を受けた。しかし、入門を申し出る際、自分が障がい者であることだけは言えなかった。言えば必ず入門を断られると思ったからである。だが、そんな心配は杞憂に終わり、師範は快く私を受け入れてくれた。

 

 杖道の稽古に参加し始めた私は、昼間は勤務のため、夜間の稽古に参加した。視力の悪い私にとっては、稽古場までの暗い道のりは、懐中電灯の光だけが頼りであった。杖道は形稽古ではあるが、すべて寸止めというわけではなく、一部の技においては、水月(みぞおち)を突いたり、小手を打ったりするため、「太刀を持つ相手の人は、さぞ痛いだろうな」などと思ってしまい、私の手が動かなくなってしまう。打ち止めれば痛くない、などといわれてもやはり手が動かないことがしばしば。

 

 一級受審日が近づき、家の中で稽古し始めると、天井や電灯に杖がぶつかってしまう始末。仕方なく、夜間、公園の明るい電灯の下で、立木に自転車のチューブを巻き付けて杖を打ち止めるための稽古をした。電灯に映し出された自分の姿が鮮明なシルエットになり、太刀や杖の構え方の修正ができたときは思わず感動した。また、審査技3本のすべての動きを杖道解説書とともに師範の指導内容を書き添え、字も大きく見やすくしてメモを作り、何度も読み返しながら覚えた。それらのメモを受審仲間にも提供し、大変喜ばれた。受審日前の2か月間はほぼ毎日稽古に通い、師範の指導を受けた。幸い相方にも恵まれ、困難と思われた一級審査に無事合格することができたときは、非常に嬉しかった。また、家族を始め周囲の人たちも大変喜んでくれた。

 

 杖道の魅力は、日本人が忘れつつある「武士道」を学べることだと思う。剣道でいうところの「活人剣」と同様、杖道には「人を傷つけず、懲らして戒める」という理念がある。太刀の動きを捉えつつ、その動きに応じて変化、制する妙技は杖道の醍醐味であり、これこそ最高の古武道である。また年齢、性別を問わず稽古できることや立位、坐位、歩行時の姿勢なども良くなる。姿勢が良くなるに従い、心肺機能も良くなり、肩、腰、膝の痛みも改善する。

 

 私の場合、右肩腱板断裂があり、手術しか治療法がないといわれ、主治医から逃げ回っていたが、杖道を続けた結果、完全に回復し、現在も稽古を続けている。

 

夏の夜の稽古帰りの涼風は格別である。「激しい稽古に耐えた者だけに与えられるご褒美だよ」とは師範の弁。

 

 杖道を習い始めてから、同館が主催する詩吟の会にも入れてもらい、丹田からの発声方法等を学ぶことができ、杖道とともに吟道にも励んでいる。今、私は、奥深い杖の技を手取り足取り懇切丁寧に指導してくださる師範と優しい仲間たちに巡り会えた喜びに浸る毎日である。


コラム>障がいを乗り越えて挑んだ杖道一級審査